あっちの世界 ガーランド
テーマ [おるねこ通信]
2010年7月25日

「博士がキノコを食べて幻覚を見てしまう」というシーンを作った。
どうも「あの世」に行くイメージになってしまう。「上映がお盆だけに洒落にならんね。」と口々に言いながら、それぞれ三人とも完全にあっちの世界を頭に描きながら作業しているのである。
描いても描いてもユー霊の森とダークネス顔の博士が産まれてきてしまって「いかんいかんーひんどる!!どーしても博士がひんどる!!」と大騒ぎしながら大笑いしながらの作業になった。それでいいやん。と誰も言わんが、結構楽しんでるのだった。
途中、私の希望でガーランドというか提灯というかを作って森に吊るすことになった(前にパペット版ムーミンで森の中のガーデンパーティーのシーンがあって、木の枝にポコポコと灯りを吊るしているのが、とても楽しげで憧れていた)。そもそもガーランドは植物の草やつるや花を長く編みあわせて作る飾りのことだそうな。

これは昨夜お祭りの日で商店街に小さい小さい提灯が吊るされていた様子。(深夜帰ってきたらもう全て外されてて、それがまた良かった)

毎日見慣れている景色に「提灯を吊るす」という舞台装置を仕掛ける事で、別世界への入り口がこつ然と現われるという感じ。
ー急にまとめに入るみたいですが、、
アニメ作りも中盤を迎えて段々と「あっちの世界を表現する」もしくは「あっちの世界への入り口を表現する」ということが、今回のミッションのような気がして来たのである。(あっちって別にあの世のことではないですよ。)
牧野植物園に長年抱いてきた私たちの想い。
ひとに聞かれても、言葉では到底表現しきれないのに、ただ涙が出てしまうくらいの想いが胸一杯にあって、植物園が孕んでいる深くて重たい靄みたいな記憶とか物語のイメージにほんの少しでも近づくこと。
これはそういう仕事だったんじゃないか?
と思いはじめたのだ。
「2010年博士の旅」を作りはじめの頃に、世間話からの流れで、なちおと植物園のこれまでとこれからのこと。変わらないで欲しいものと変わってしまったもの。どーいうところが良いのか、何が魅力なのかという話をした。それは結局私たちの思いが同じところにあることを確認しあう作業になった。
要するに何も無いところが良いのだ。何も無いように見えているというのが凄いことなのだ。
その素朴で不思議な牧野植物園が近年どんどん変わり続けている。寂しいよな、恐ろしいよな気持ちになってきた。どんな時代でも子供の頃に見た風景が変わってしまうことは、どうしようもないかもしれないが、本当に大事なものが失われるのは、耐えられないことだ。(そして、いつでも上書き保存ではなく記憶の別名保存をしつづけることで、なんとか大人は気持ちを立て直して生きていかなくてはならない。)
あの、桂の木のある一本橋の風景。なんでもなさそうな茂みの奥のレンガの小橋。何度通ってみても思ったより狭くてくるくる同じところへ戻ってしまうガラスの温室。大木の隣に座り、風に抱かれながら見下ろす草原。
寝転べばチクチクと肌を刺す芝生。ところどころ混ざる小さい花をつまみあげ、胸に乗せた記憶。小さなカルスト模型の庭。牧野博士のキノコを挙げる像。唐突に出会う恐竜の模型。その一つ一つのヘンテコが、ガーランドを編んでいる一つ一つの小花や葉っぱやツルであり、私たちの舞台装置であって、心の奥につづく小道でありドアであった。
その向こうに必ずどこか他の場所があって、いつか行ける気ももするけど行けない気もして、でも必ずそこにあると感じられる大切な宝物であったのであった。
ほんの少しでも近づきたい。
その想いで歩く今も、あのガラスの温室をくるくる回り続けた子供の時もすこしも変わりない私たちで居て、いつか牧野先生に会った時に、頭をなでなでされるのか、それとも文句を言われるのか、、鼻にもかけられないのか。わからないけど。
今日は突然に本当の話の話でした。
*最初の写真に登場している布のお花はboncoinの松村さんが作ったブローチです。
アニメの本編にも登場します。
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