
土曜日は、京都市小学生絵画展に行ってきました。
長女が持ち帰ってきたプリントを見ると、「特選おめでとう」だそうで。
行ってみますと、特選の作品500点を展示されていたそうで。
それは、入選というのでは・・・と思いましたが
主催が特選って言うんだから、特選なんでしょう。
せっかく四条まで出てきましたから、そこから岡崎まで行きました。
昨年の弟に続いて絵画展に選出され、気を良くしている上の二人が
美術館に行きたいなどと言い出したので、
夫が知人の個展を観に行っている間に、私は子たちと京都市美術館へ行きました。

ボストン美術館展の最終日で、大勢の人だかり。
私は利用していませんでしたが、俳優の鹿賀丈史さんの声で
音声ガイドサービスがあり、人の波が動かないこと動かないこと
知らない大人の肩越しに見る、宗教画や肖像画は
長男や次郎には、ちょっと怖かったみたいです。
なんとか脱出しましたが、入口で待ち合わせしてたはずの夫がなかなか現れず、
どうせ、誰かにつかまって話し込んでるんだろうと、階段横のベンチに腰掛け
のんびり待っていると、抱っこしていた次郎が眠ってしまいました。
やっと現れたかと思ったら、なぜか向かいの近代美術館の方に行ってたらしく、
そういうことをよくやる人なので驚きはしませんが、待ってる間に
併設の「京の閨秀・女流・女性画家‐担ったもの/担わされたもの」展の方が
気になってしまい、次郎を託してひとりでゆっくり観に行きました。
こちらの展示場は閑散としていましたが、最初に眼に飛び込んできたのは、
上村松園の『待月』
縁側に出て、つと遠くを見やる和服の女性が描かれています。
画面を貫く柱の直線とは対称に、柔らかく曲げた腰やしなやかに伸びた首筋、
だらりと落としそうな団扇は、月に気をとられて
背後の視線に、全く気付いていないかのよう。
無防備な瞬間にも品の良さが溢れ落ちる、美しく決して媚の無い
上村松園の美人画は、突出した人気を誇っていますが、
なるほど、実物を目の前にすると、打ち水をした後のように、
清浄な空気がそよそよと漂う気がしました。
女性画家と括られていますが、それぞれの画風、女性観の違いがよくわかります。
特に興味をそそられたのは、梶原緋佐子の作品群
到底美人画とはいいがたい『姉妹』や『うたう』は、
上村作品の芯の強さとは違う、図太い、逞しい、底力とでもいいましょうか
鑑賞する絵画ではなく、対峙する絵画。
しばし動けなくなるような、観る者の胸をつくような迫力ある作品でした。
北沢映月や三谷十糸子の日常を垣間見るような画は、
精緻な筆致で細部まで描かれた着物を観るだけでもわくわくします。
そして、駐車場の階段で見たポスターの『母子』を描いたのは広田多津
着物は簡略化されたように白く、表情だけや手肌を細かく描いた『母子』は
母と子の関係性、命の繋がりを感じます。
広田作品はその後、着物さえ無くなり裸婦になりますが、非常に肉感的で、
まるで、目に映らない、ほのかな汗の香りや体温をまとっているようですが、
男性の対称としての女性像ではなく、造形的な美しさの背後から
生き生きとした生命力、命そのものきらめきを感じ、
生きている嬉しさが沸きたつ心地がしました。
これまで、日本画にはあまり興味が無くて、
その良さもよく分からなかったのですが
この展覧会は、非常に見応えがあり、
夫にも「えらいゆっくり観てたな」とチクリと言われました。
ええ、観てましたよ。とても、良かったです。
9月5日までですから、もう一度行きたいくらいです。
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