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ことさら暑かった夏もようやく終わって、ずいぶん秋になった。 NHK衛星で連夜、「雨月物語」、「山椒大夫」、「近松物語」、「新平家物語」と、溝口健二監督映画を特集していて、これらがまたおもしろくむちゅうでみていた。さいごの「新平家物語」は、武士が権力をひろげるさきがけとなった平清盛の若いころのはなしで、市川雷蔵が演じるかれやかれの一族は、侍ふぜいが、などといわれて、公家や坊主からさんざんいじめられるのだけれど、そのラストシーンで、公家たちが春の野ではなやかに野遊びをしている場面があり、のんきに踊っているかれらをはたからみて、清盛が「公家どもめ、いまのうちに踊っておれ。明日はわれらがものぞ」などといって映画が終わり、実際、このころからだんだん政治が武士に移って、貴族の凋落が始まることを象徴するのだが、どちらかいえば、元気溌剌でどうもうっとおしい清盛よりは、のんきに野原で遊んでいる公家のほうが楽しそうだった。 武士が勃興し(まあ平一族じたいはあっというまに滅んでしまうけど)、貴族とその文化がほそぼそとした流れをのこして消えてしまうのだが、平安貴族の遊びをいまでも伝える習慣はいくつか残っていて、そのうちのひとつが月見だ。 諸説はあるらしいが、もともとは中国の里芋の収穫祭だったとのことで、それが奈良平安の貴族のあたりに伝わり、江戸期のころから庶民のあいだにも親しまれた。このため、月見に供えられるのは、日本に特有の団子にくわえ、餅、里芋、がスタンダードとのこと。月見の日であるいわゆる十五夜、旧暦八月十五日の月は、中秋の名月、とともに「芋名月」ともいう。 あらためると、月見とは、おもに旧暦八月十五日(十五夜)と九月十三日(十三夜)におこなわれる風習で、ススキを飾り、団子を供えるのはほぼ共通のようである。 ススキのほか、萩、桔梗や、秋の七草などを飾るところもある。供えものとしては、前述の団子、餅、里芋のほか、枝豆、そのほか十五夜と十三夜によって旬のものである。団子は、十五夜は15、十三夜は13個を山型にもって供えるのとあるが地方によってことなり、普通は適当に作ってみんなでたべただろう。わたしのところの場合は、ふつうの白団子に、砂糖醤油をつけてたべた。 十五夜と十三夜はどちらも月見をするのがならわしで、どちらかだけ月見をしてどちらかをしないのは「片見月」といい、凶だそうある。 もっとも、十五夜、十三夜といっても、その年によって満月の日はことなるので、毎年暦で確認しなければならない。ちなみに、今年2006年の十五夜、中秋の名月は、10月6日だ。その年によってひと月ほども差があり、このさき10年ほどみてもいちばん遅い。 また、地方によっては、月見の日は、ひとの畑の芋をかってに盗ってよい日であったり、こどもたちがひとの家の団子や餅をかってに盗ってよい日であったりした、あるいはいまでもしているらしい。もっとも、盗るといっても、畑の芋の場合、畦から片足分の芋であったり、こどもたちが盗るのも、各家々がそのために用意した、いわばハロウィーンのお菓子のような餅や団子で、なかなかかわいらしい風習だった。 現在、わたしたち同様、きちんと月見をしている人はそう多くはないだろうけど、お団子をいくつか揃えて、ススキを飾り、夜風にふかれながら月をみれば、それはりっぱな月見だろう。なぜススキかは、これも諸説あり、魔除けとしていたり、稲穂のかわり(豊穣のサイン)としたりしているけど、それをふくめて、やはり月見という渋めのシチュエーションには、ススキがいちばんよく似合うからだろう。ススキがあって、絵としてすっきりしまるのである。 あと忘れていたが、お供えにはお神酒も欠かせない。どの神に供えるのかよくわからないけれど、おとなのわたしとしては団子だけではものたりないのも事実である。さいわいなことに、枝豆、そのほか旬のものもお供えしてよいことになっている。 ススキと団子と、お神酒と(つまめる旬のもの少々と)さえあれば、それだけで、いまはなき平安の栄華さえ伝える雅な月見のセットアップ完了である。なんとなくしみじみした風情もよいではないだろうか。どの神にお供えするのかよくわからないからじぶんでいただくお神酒もうまそうである。(櫛谷) |